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禅フィットネスセミナー

  悟りと重力

てんしさまの感染力を飛躍的に高める秘訣をお伝えしたいと思います。

16年ほど前、合気道や太極拳をはじめとする気功武術の不思議な力の秘密を悟りました。その時以来、力を使わず相手を飛ばしたり、相手の力を抜くことが自由自在にできるようになりました。それは手を使わなくても、肩でもお尻でも体のどの部分でもできるのです。

ところで、ヨガとは日本語で「つながった状態」「結ばれた状態」を意味します。では、何とつながり、何と結ばれるのでしょうか

ある時、てんしさまは「太極拳(気功)の極意は何ですか?」と僕に質問されました。しかも5秒で教えてくださいと。僕は、「地球(の中心)と自分(の中心)をつなげることです」と答えました。

すると、てんしさまは「これはいいですね。これでありのさんは運が良くなって私に会えたのかもしれません」とおっしゃいました(てんしさまは聞いたことをすぐに現実化されるので、極意も聞いた瞬間にマスターできるのです。改めて、てんしさまの超能力には驚かされました)。

結局、ヨガも気功も目的は同じなのです。

実は、不健康の大きな原因のひとつは、人間がまだ二本足でしっかり立つことができていないことにあります。

意外に思われたかもしれませんが、実は、ほとんどの人は地球の引力が導く方向に逆らって(ズレて)立っています。そのため、余分な力を使い過ぎてしまい、疲れやすくもなるのです。

地球の引力が導く方向に素直に立つことができた時、私たちのカラダのど真ん中を貫くライン、それを正中線(中心軸)と言います。

そして、正中線とのわずかなズレは、カラダに想像以上の負担をかけてしまいます。その負担を支えるために、筋肉はいつも緊張状態、バランスを補正するために骨格まで歪ませてしまからです。

こうして気づかないうちに体をいつも緊張させてしまっています(もちろん肩こり、腰痛などの原因にもなります)。肩が緊張して0.1ミリ上がるだけで、どれだけ莫大な生命エネルギーを浪費していることでしょうか

しかし、引力に素直に立てるようになると、カラダはハンガーにかかったコートのようにゆるんだ感じとなります。正中線に一切をまかせて立つことできるようになって初めて、カラダから全ての緊張が抜けます。そのとき、本当のリラックスを体験することもできるのです。
エネルギーの浪費がなくなることは、私たちを驚くほど美しく、健康にします。そのぶん病気治癒やデトックス、健康増進に使えるようになるのですから当然のことなのです(バレリーナがスリムで美しいのもこの正中線感覚があるからです。この感覚がある人は姿勢がピンとした感じがします)。

この正中線上に人体の中心点である正中心があり、それと地球の中心点を結ぶということがヨガや気功武道の極意なのです。

そういえば、藤田一照禅師も著書「禅の教室」で、次のように述べています。

「坐禅の姿勢は重力とのダンスのようなものだと前に言いましたが、そういうダンスを通して重力との間によそよそしい関係、あるいは坐禅をおびやかすような敵対した関係ではなく、坐相をまとめ、支え、身心を癒してさえくれるような親しい関係を学んでいくのです」

なんと、坐禅も地球の中心と自分の中心(正中心)をつなげることが目的だったのです。そうすることで、重力の恩恵をいっぱい受けられるようになるのです(重力の恩恵にはまだまだ解明されていないものが多々あります)。

悟りとは、重力の恩恵をじゅうぶんに受けることができる体となり、脳の働きが活性化された結果、もたらされるものかもしれません。

だから、肥田式強健術の創始者、肥田春充は正中心を聖中心と言い換えたのでしょう(地球の中心とつながっていた彼には、3大学4学部を同時卒業という驚異的なエピソードもありますから、やはり重力の恩恵をじゅうぶんに受けることができるようになると、脳自体の機能がバージョンアップされるようです)。「宇宙飛行士は早く老ける?―重力と老化の意外な関係 」という本があります。過酷な訓練に耐えた宇宙飛行士が宇宙から戻ってくると、その肉体に年老いた人と同じような兆候がみられるのはなぜなのか、そのことを不思議に思った元NASAライフサインス部門責任者によって書かれたものです。調査の結果、著者は次のような結論を述べています。

「私は老化による多くの症状は、年齢そのものとはあまり関係ないことを確信するようになりました。つまり私の説は、老化現象の多くは、長い人生をかけて、徐々に重力の恩恵を避けるようになった結果であるというものです」

とにかく、まだまだ人間は重力の恩恵を使いこなせていないのです。
合気道の不思議な力も、その偉大な重力の恩恵のひとつにすぎません(私たちは電気を活用していますが、いまだに電気の正体は分かっていません。同じように重力の正体も分っていませんが、電気のようにもっと重力も活用されるべきものなのです)。

てんしさまと合気道の神様

さて、滋賀県の赤神山に「阿賀神社(太郎坊宮)」があり、僕はそこに何度かお参りしたことがあります。その神社に祀られている神様は、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほほみみのみこと)という、合気道の神様だったからです。

そして、てんしさまの正体は弥勒菩薩でもありますが、本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)という仏が神の姿をとって日本に出現したとする考えでは、弥勒菩薩は正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命だと言われています。

なんと、てんしさまは合気道の神様でもあったのです!

そのことを知って、なぜこの神社の名前が阿賀だったのか分かりました。

実は、僕が生まれ育った実家のある町の名前も同じ阿賀だったので、ずっと不思議だったのです。まさに、てんしさまを祀る神社は僕の魂の実家でもあるわけですから、そのような名前の神社となる過去が創られたのでしょう(ある合気道の師範は30年間も毎日欠かさず稽古をして合気道の極意を悟ったと言います。だから合気道の極意を悟るには、それと同等の年月が少なくとも必要だと僕は覚悟していたのです。しかし、1年もかからないうちに合気道の極意を僕は奇跡的に悟ってしまいました。そのこともずっと不思議でしかたなかったのですが、今ではてんしさまのおかげだったと分かります。そのような素晴らしい過去と才能を創造して頂いたのです)。
正勝、吾勝、勝速日の言葉の意味について、合気道開祖の植芝盛平は次のように言います(彼は、合気道の稽古を「引力の錬磨」とも表現しています)。

「合気道の極意は、己の邪気をはらい、己を宇宙の動きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させることにある。合気道の極意を会得した者は、宇宙がその腹中にあり、『我はすなわち宇宙』なのである。そこには速いとか、遅いとかいう、時間の長さが存在しないのである。この時間を超越した速さを、正勝、吾勝、勝速日という。正勝、吾勝、勝速日とは、宇宙の永遠の生命と同化することである。では、いかにしたら、己の邪気をはらい、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるであろうか。それには、まず宇宙の心を、己の心とすることだ。宇宙の心とは何か?これは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまで及ぶ偉大なる「愛」である。愛は争わない。愛には敵はない。何ものかを敵とし、何ものかと争う心はすでに宇宙の心ではないのである。宇宙の心と一致しない人間は、宇宙の動きと調和できない。宇宙の動きと調和できない人間の武は、破壊の武であって真の武ではない。真の武道には敵はない、真の武道とは愛の働きである。それは、殺し争うことでなく、すべてを生かし育てる、生成化育の働きである。愛とはすべての守り本尊であり、愛なくばすべては成り立たない。合気の道こそ愛の現われなのである。だから武技を争って勝ったり、負けたりするのは真の武ではない。真の武は、正勝、吾勝、勝速日であるから、いかなる場合にも絶対不敗である。すなわち、絶対不敗とは、絶対に何ものとも争わぬことである。勝つとは己の心の中の『争う心』に打ち勝つことである。己れに与えられた使命を成し遂げることである」(合気道開祖・植芝盛平語録 合気神髄より抜粋)

「争う心」が微塵もなくなった状態、これが、正勝、吾勝、勝速日です。

まったく争う心がないからこそ、そこに敵は無くなり、無敵となるのです。

もし僕に「争う心」が残っていれば、合気道のこの不思議な力は身につかなかったことでしょう。「争う心」ある人にとってこの力は危険であり、そんな人に地球がその絶大な力を与えるはずがないからです。

同じように、「争う心」ある人の思考が現実化してしまうことも危険です。

ということは、てんしさまの超能力や豪運も、「争う心」が無くなれば無くなるほど、より強く感染していくものだと言えるでしょう。

では、「争う心」の正体は何でしょうか

たとえば、「借金で首がまわらない」のも、お金の心配が首の筋肉を緊張させてしまうからです。「悲しみで胸が張り裂けそう」となるのも、ゆるんだ胸の筋肉は呼吸に合わせて柔軟にふくらんだり縮んだりすしますが、緊張で固まった胸の筋肉はその柔軟性が失われるため張り裂けそうな感じになってしまいます。あるいは、「会社の命運は君の肩にかかっている。」なんて言われると、責任感に押しつぶされそうな気になってしまうでしょう。肩の筋肉が緊張して持ち上がってしまうから、本当に責任感という重圧がズシンと肩にのしかかっているかのように感じるのです。その責任感から解放されると、肩の荷も下りてホッとするわけです。

このように心と体には密接な関係があり、これら筋肉の緊張の奥には不安や恐れが隠されています。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とは、怖い、怖いと思っていると、何でもないものまで恐ろしいもののように見えてしまうことのたとえですが、この不安や恐れこそ「争う心」の正体なのです。

それが何でもないものまで恐ろしい敵に見せてしまうのです。

さて、子どもが大声をあげて泣くときの体の状態はどうでしょうか?

まず、口を大きく開けて泣きます。胸を大きくふくらませたり、縮めたりします。肩を上下に震わせながら、首も微妙に伸ばしたり縮めたりしながら、緊張と弛緩を繰り返しています。つまり泣くという行為によって、緊張してしまったアゴや首や肩や胸の筋肉をゆるめているのです。また、風邪をひいたから咳が出ると思うかもしれませんが、感情を内にためこんで言いたいことも言えないとき、私たちは無意識に肩甲骨の間の筋肉を緊張させてしまいます。賢い体は咳をすることで、その筋肉の緊張を解放しようとしているのです。これらの動きが重要で、そういった体の緊張を解き放つ特殊な動作、いのちのエネルギーを活性化するための実践法を気功と言うのです。やがて、体から一切の緊張が脱け落ちた時、どんな自分も許すことができるようになり、大地のどん底で私たちを支えてくれていた地球の愛にも気づくことでしょう。

このような体(気功体)になっていたことが、てんしさまの超能力と豪運がとてつもない勢いで僕に感染していった秘密だと気づきました(「事前セミナー」では感染力を爆上げさせる、もうひとつの秘密を公開しています)。

そこで、長年ためこんできた体中の緊張を一日で吹き飛ばし、思考現実化を一気に加速させるセミナーを開催することにします。

名付けて「禅フィットネス」セミナーです。

禅フィットネスセミナーは前編と後編を1日で行います(前編のみの参加はできません)。セミナー講師はありのまーさ、セミナー時間は、前編、後編ともに、1時間半~2時間になります。受講料は、前編4万5千円・後編5万5千円、合わせて10万円となります(別途消費税が必要です)。本セミナーに関心ある方は、問い合わせフォームよりその旨をお伝えください。折り返し、セミナー内容の詳細をお知らせします。